その心が再び動くためには

コラム

私の大好きな祖母の話

私の祖母は90歳です。

それぞれ体調に不安はたくさんあるようですが、私の両親の手を借りながら自宅で過ごしています。看護師の私からすると、年齢の割にとても元気で、頭もしっかりしていて、本当に尊敬している大好きな「おばあちゃん」です。

一緒にお出かけをしたいけれど、、

孫の私としては、「せっかく時間があるのだから、動けるのだから、一緒にお出かけしたい!」と思っています。

しかし、本人は「私はもう出かけなくていいのよ」とか「もう歳だから」と言うのです。

私がその歳になったことはないので、気持ちを100%理解することはできませんが……。

かと言って、出来る能力があるのに何もしないのは勿体なさすぎる!

家でずっと座れるのなら、動く椅子の車椅子で一緒に旅がしたい!

本当にできなくなってしまう時が来る前に、と思うのですが、なかなか私の両親を含めて、家族の理解を得ることは難しいです。

分かってくれるのは、私の弟と夫だけ。

「どうしたら伝わるのかな?」と思考を巡らせていたら……そもそも、なぜ私はそこまでして祖母たちを外に連れ出したいのか?と疑問に思いました。

自分の記憶を遡っていくと、私が看護学生時代の「精神科の実習」がきっかけだったということに気がつきました。

連れ出したいと思うきっかけとなった話

精神科実習の時の経験

その方は、幼少期から家庭環境が複雑で、若い時から精神疾患を発症。20代から40年以上、精神科に入院をしているという方でした。

私が実習に行った病院にも、20年以上の入院歴がありました。

実習当時20歳だった私。

私が生まれる前から、この方はここに住んでいらっしゃったのだと考えると、とても複雑で、一言では言い表せない気持ちになりました。

看護学生としてではなく、1人の人間としてこの方に何かできることはないのだろうか? 必死に考えました。

実習していたのは、ちょうど桜の時期。

実習の挨拶をするだけで布団を頭まで被り、数時間出てこなくなる方。でも、なんとかお庭にある桜を見てほしい。無謀だとは思いつつ、それを実習の目標として介入することにしました。

2週間の実習で叶ったお花見

たった2週間、でも10日ある。

毎日挨拶し、ちょっと離れてご飯を見守り……。

少しずつ車椅子を押すことを許してくださるようになり……そしてついに!

「桜を見に行きませんか?」と聞くと、「行きたいね〜」とぼそっと言ってくれたのです。

心が躍るほど嬉しくて、即ナースステーションで看護師に報告。

私と、実習担当の先生と3人で、桜の下をお散歩しました。

あのときの「きれいだね、本当にきれい」と言いながら、上を向いて目を輝かせている様子を、私は忘れることができません。

どれだけ辛い思いをしてきたのか。こうなる以外にこの方に道はなかったのだろうか。

色々と過去について考えていた自分から、「何かできる」「今からでも遅くない」と思えるようになりました。

私の伝えたいこと

外に出れば、心が動く

何が言いたいのかというと……。

「できない理由」を探すのではなく、まず「やってみたいこと」を探して、それを達成するために何ができるかを考えるべきだと私は考えています。

それが何歳であっても、どんな状況でも、完璧な形で叶えられなくても、何か行動することに意味があるのです。

そして一歩外に出るだけで、桜を見るために自然に上を向くことができ、「きれいね」と心が動くのです。

心が動くと、体も変化していくものだと思うのです。

心配は何かを達成するための備え

心配事はあげていったらキリがないですし、心配するから対策が取れることは間違いありません。ですが、実際に起こることは心配していたことではなく、予想外のことだったりするわけですし、何もしていない状況でも何かは起こるわけです。

なので、心配事を理由にチャレンジをしないのは、勿体ないと私は思います。

今自分にできることは何か?

これらのことを考えている中で、きっと同じように悩み、一歩踏み出すのに勇気がいる人は意外とたくさんいるのではないかと思いました。

もしこのブログに辿り着いてくださったのであれば、勇気を持って踏み出してほしいです。

どのような状況の方かはわかりませんが、、自分の心のままに行動してみて欲しいのです。

まず予約だけして、そこからどうやるのかを考えるのもよし。

誰かに連絡してみるのもよし。

旅行なんて大きなことでなくても、普段選ばないものを買ってみるのもよし。

身につけてみるのもよし。どんなに小さいことに思えても、積み重ねが大きな変化にして暮れるはずです。

心はいつだって自由

何をやるにせよ、自分の人生。

身体が不自由であっても、いつでも心は自由でいられるべきなのです。

この記事が、誰かの背中をそっと押すことができることを祈っています。

最後まで読んでくださりありがとうございました。